いつか子供ができたら、
そういう妄想がいくつも去来する。
いつか子供ができたら、
本屋さんや図書館にたくさん連れて行きたい。
本をたくさん読ませてあげたい、
まだ見ぬ我が子。
宇宙のどこにも、
可能性としてしか存在しない我が子への親心。
スーパーに行くついでに本屋さんに寄ったら、
ずっと探していた本が何冊かあって、
中をペラペラ見て2冊の本を買ってきた。
本屋さんには、親子連れがいて、
それにおじいちゃんも加わって、
あちこちのコーナーを歩き回っていた。
まだ小学生くらいの女の子と男の子、
年中さんくらいの男の子と母親とおじいちゃん。
女の子がおじいちゃんを連れて、
本屋中を連れ回し、
気に入った本を買ってもらっていた。
なんだか微笑ましく、
そういえば私は、
祖父母と本屋に行ったことなどなかったなあ、
と、ちょっと寂しく思ったけれども、
両親はことあるごとに連れて行ってくれたから、
それでよかったのかもな、
と、レジで本のお金を払いながら思った。
本屋さんから出たところで、
さっきの家族の一番小さな男の子が、
大きく手を振り、
「じいじ、ご飯、ごちそうさま!
また、一緒にご飯食べようね!
じいじ、またね!!!!」
と元気の良い声でいっていた。
じいじは、かすかに手を振って、
地下鉄の駅へと潜っていった。
それが、なんだかグッときて、
どこか切なくて、泣きそうになりながら、
私は、親子の横を通ってスーパーへと向かった。
みんなでご飯を食べて、
帰りに本屋さんに寄ったのだろう。
じいじだけ別の場所に向かって、
ひとりで地下鉄にゆられてゆくのだろう。
じいじのことを待っている人は、
どこかにいるんだろうか、
なんて思うと、また少しさみしい気持ちになった。
そして、少年の言った「またね」は、
本当に、やってくるのか、
なんて思うと、またまた少しさみしい気持ちになった。
こうやって、少しずつ、
さみしいや切ないが積み重なって、
心が藍色になってしまう。
藍色の心で、スーパーにいって、
一人分の買い物をすると、
なんだか投げやりな気持ちになりそうだったので、
来月、久しぶりにデートする相手と、
食事だけで済まなかった場合のシミュレーションをした。
ちょっと心持ち、上がった。
私の祖父は、二人とも、
私がそれなりに大きくなってから亡くなった。
父方の祖父とは18まで一緒に住んでいたけれども、
亡くなった時、私は24くらいだった。
田舎から出てきて、
東京での生活は、嫌なこともたくさんあったけど、
いつも新しいことであふれていて楽しくて、
実家に帰省しても東京での生活のことばかり考えていた。
それはきっと、当たり前のことだと思っていたけれども、
祖父が死んだ時、
私は、
自分が浦島太郎になったような気分になったのをよく覚えている。
死ぬ半年前、
入院している祖父を見た時、
痩せこけ自分が誰かもわからず、
チューブで繋がれた姿は、
受け入れがたいものがあった。
実家にいる両親と祖母は、
私が東京でちゃらちゃらとしていた時、
あの港町で、日々、祖父のことと向き合っていたのだと、
思うと、私は不孝者だと思わずにいられなかった。
ことにつけ、
母は、私に、
あなたの人生なんだから、
あなたが思うように生きなさい、
あなたがやりたいと思ったことは、
何があってもやりなさい、
といいきかせる。
父も、そんな風に思ってくれているようだ。
こんな両親のために、
私はきちんと孝行したいけれども、
両親が私にしてくれたことの多さを思うと、
私は、この人生をかけても、
すべての恩返しなんてできない。
だから、せめて、
私は、
私がやりたいことをして生きていこうと思うのだ。
今、実家には両親と祖母が住んでいる。
祖母は認知症が進んで、
日々、目の前のことを忘れてゆく日々だ。
私の知らない大変なことがたくさんあるんだろうけど、
だからといって、私が飛んでいってもどうにもならない。
母の愚痴を聞くくらいしかできないけれども、
少しでも孝行したい。
元気に生きていることが一番の孝行とかそういうことかもしれないけれども。
じいじが地下鉄の駅に降りていく背中を見て、
ふと、そんなことなどを考えて、
感傷的になった私は、
今日も東京で頑張っています。
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