プラネタリウムに行ってきた。
久しぶりのプラネタリウム、
そして、久しぶりに星を見上げた。
あれは、偽物の星だけど、
本物みたいに綺麗だった。
なんでも、本物の方がいいに決まっている、
と、ずっと思っていた。
だから、私は、いつも本物の自分でいたいとおもっていたし、
これからも、本物の私でいるつもりだ。
けれども、たまに、偽物のなにかもいいもんだよなって思う。
よく、
本物のオーロラを見てみたいんですよ~
なんていう人がいるけれども、
あれって、どれくらい本気なんだろうか。
そして、どれくらいの人が行動に移しているんだろうか。
テレビで見たのか、
写真で見たのか、
ネットでみたのか、
オーロラをみたい多くの人は、
プラネタリウムでオーロラを見たことがあるでしょうか。
わたしは、今日、初めて360°自分の上から、
カーテンがひらめくように降ってくるオーロラの偽物を見た。
幻想的で美しかった。
夢見てるみたいだった。
これは、嘘だとわかっている。
騙されていい気持ちになって、
けれども、それも悪くない。
それで、私は満足だ。
実際のオーロラはいかほどに美しいんだろうか。
そうも思うけれども、
それを見に行くだけの気力は、
今の私にはない。
プラネタリウムの半球のなかで、
私の真上に輝く星星は、
所詮偽物の光にすぎない。
降るようなこの満天の星空を私は、
この人生の中で、
プラネタリウム以外で見ることができるのだろうか。
この降り注ぐ光の中にいる時の感動は、
本物の星空を見た時の感動とは、
全く別物だろう。
けれども、
それを見ている時の自分の心は、何一つ嘘じゃない。
そして、
星の光ではないけど、
この気持ちの良い光は、
光であることは、確かで、
今、この瞬間、
何も偽物ではなかったりする。
偽物の中にも、
その瞬間、瞬間、
そのすべてが嘘っこであるわけではないんだよな。
いつも、本物の何者かになりたいと思っていた。
けれども、何者かにならなくったって、
例え、偽物だと思いたい何者かであっても、
生きている、いま、この瞬間、
私はただ、わたしでしかないんだよな。
何者にもなれてない自分に、
いつも私は嫌気がさすけど、
生きている、この流れゆく時間は、
ただただ本物でしかないんだよな。
うろ覚えなのだけれど、
プラネタリウムで説明されていたサザンクロス。
南十字星は、
永遠に南にある訳では無いらしい。
星空は、私たちの目にはなかなかわからないのだけれど、
少しずつ、けれども、確実に変化し続けているらしい。
その結果、
南十字星は、ほんの少しずつ移動しているらしい。
いつか誰かが航海する時、
南十字星ではない別の明るい星を南の目印にするようになるらしい。
それがいつかは忘れてしまった。
近い未来の話なのか、
遠い未来の話なのか、
それはわからない。
けれども着実に、
南十字星は、南から動いているらしい。。
日々の変化の中に生きていて、
常にその中で目指すべきところを探している。
自分も周りも否応なしに押し流され、とどめられ、
失敗と成功を繰り返し、
変わり続ける中で生きている。
サザンクロスは確かな目印みたいなもの。
サザンクロスが動いても、
私はいつでも、そんなサザンクロスを追いかけている。
そうすれば、なんとなくだけど、
自分と思ったのとは多少違う場所かもしれないけれども、
しっくりくるところに落ちけるように思っている。
それがどこかは、サザンクロスしか知らない。
私は、まだまだ航海中。
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