自転車で職場に向かっていた。
長くて急な坂道を下ると、
べたっとした風が吹いた。
急な坂と急な階段が、
大きな道路と道路を繋いでて、
そこに新しい家と古い家が、
ぎゅうぎゅうに建てられている。
坂の上からは、
遠くに大きなイオンとか新しい高層マンションとかが見えて、
坂の途中に綺麗な校舎の学校がある。
夕暮れ時、
子連れのお母さんやおばちゃんたちが、
そこかしこで井戸端会議をする。
私の田舎は車社会で、
多分そのせいで、
道端でおしゃべりする習慣があまり根付いてなくて、
むしろそういうのは、
ヤンキーがするものだと思っているくらいで、
なんだか見慣れない。
私はスーツを着て自転車を漕ぐ。
こんな格好で自転車に乗るなんて、
18歳までの私なら想像もできない。
風が前髪を揺らして、悪くない気分。
ここでは、自転車が便利で、
自転車があれば事足りたりする。
私の地元は車がないとどこにもいけなくて、
でも、車があればどこにでも行ける。
私は、自転車を漕ぎながら、
そして、
下り坂でゆるくブレーキを掛けながら、
つくづく思う。
私はこの町に似合っていない。
私だけが、
この地域に根ざせていなくて、
私だけが、
この地域に愛着がないような。
ここに住んでいる人は、
きっとみんな、
ここでの生活、ここでのライフスタイルが、
そこそこ気に入っているんだろうなとか、
満足しているんだろうなとか、
そんなふうに思い込んでいる私にとって、
この町での生活をあまり愛せない私は、
なんだか申し訳ない気持ちになる。
これは、野心とかの問題じゃなくて、
もっと他にいいところがあるんじゃないか、
とか、そういう自分探しに近い問題でもなくて、
じゃあ、この心許なさはなんだろうか。
地元での生活が好きだったわけではない。
それしか知らなかっただけだ。
上京して、何度か引越しもした。
どの町も、好きな部分もあったけど、
この町は、私の生活の全てではない、
といつも思っていた。
もしも、家を買うなら、
と想像するとき、
掛かるお金のことばかりを考えてしまうのだけど、
結局、誰とどんな風に暮らすのか決めないことには、
家は買えないということに気づいたりする。
1人で、一生を過ごすならば、
私はどこに行くのだろうか。
1人で生きる覚悟ができないと、
それすら決められない。
生きる場所は、
生き方が反映される。
私がこの町に似合わないのは、
この町なりの暮らしが、
私には似合っていないからなのだろう。
きっと、そう遠くはないいつか、
私はまた引越しをするだろう。
そのとき、私は、
何を基準に住む場所を決めるのだろう。
私はその場所を、
そして、そこでの生活を愛せるだろうか。
根無し草って、
いい表現だなあ、と思う。
誰かこの根無し草を捕まえてはくれないだろうか。
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